月夜のデザイン列車の記事一覧

『月夜のデザイン列車』 【4】

吐く息が白くなりかけた頃、

アユミは鉛筆デッサンに励んでいた。



ヒロコと進路のことで話し合ってた夏から、はや3ヶ月。

アユミはあれからも不安を感じつつ、やはり美大を目指しているのだった。







4Bの鉛筆で、ひたすら白いケント紙と向き合う。

目の前に置いた立体物を、紙の上に2次元で写し取っていく作業は

アユミにとっては愉しい時間だった。



もののカタチを紙に写し取るにはそれなりのテクニックが必要なのだが、

アユミは割と簡単にできた。

もともと感覚が備わっていたのだろう。



何度も線を引き直し、やがてバシッとしたカタチがとれたときの達成感は

ほかでは味わえない感覚だ。



だからこそ、こうして何時間もデッサンできるのだし、

それが受験の科目であることは唯一ありがたかった。







「おう、やっとるかぁーー!!」





没頭してデッサンに向かうアユミの背後から、

突然、独特のしわがれ声が響いた。



アユミは驚いて、鉛筆を一瞬ぎゅっとにぎりしめた。





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『月夜のデザイン列車』 【3】

 「ヒロコはどうするん?決めたん?」



 「あんね、ウチは美術やないとこ行こう思うんよ。」





 「えっ?美大行かんの?」



 「うん…、ウチのデッサンじゃ受からんと思うんよ、やけん、愛大受けようとおもうんよ。」





 「えーっ?! 愛大?共通一次あるやん!」



 「うん… ウチ、デッサンの才能無いから、普通の勉強するわ。」





 愛大、つまり愛媛大学といえば、国立大学。

アユミたちの居る愛媛県ではレベルが高い。

偏差値が高くないと受からない大学だ。



ヒロコは勉強がよくできた。

愛大へ行くのも現実的な話かもしれない。



対するアユミは、勉強はからきしダメで、数学にいたっては中学レベル。

だから、受験科目が少なくて実技重視の美術系学校はありがたかった。

ただし実技試験のレベルの高さは除いて。



 “田舎から美大って、無理なんやろか?…”



 “ウチ、実技あかんかったら勉強もあかんし、どうなるんやろ…”



アユミはヒロコの進路変更を聞いて、ますます不安がふくらんできた。

窓のそとは薄暗くなり、コウモリが飛び始めた。





 「アユミ、もう帰ろ。帰りにチョコドリンク飲まん?」



 「う、ん…、そやね。」





 自転車のライトをつけて並んで走る二人。

ヒロコはあこがれている先輩に告白したいが、

受験に受かってからにしようかどうかと話している。



一方アユミはそれを聞き流しながら、自分の将来が

実は濃い霧に包まれていることを実感しはじめていた。





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『月夜のデザイン列車』 【2】

 「こないだの台風のあとの雲を撮ったんよー。」



放課後の美術室で、アユミは親友のヒロコに写真を渡した。



 「えー!こんな空だったん?すごー!」



 写真に写った雲をみて驚くヒロコは、幼稚園のときからの親友だ。アユミと一緒に美術部で美大を目指している。



 「ところでさー、受験どうするん?」



ヒロコがアユミに訊いた。



 「ウチ、やっぱりムサ美かなぁ、それか東京造形。」

 「そうなん? アユミ、ウチらにはハードル高いんじゃないん?」



 美術部とはいえ、田舎の高校である。受験に勝てるデッサンを学ぶところは無い。

アユミたちが通う高校の美術の先生は筋金入りの皮肉屋で、社会の批判ばかりしている人物。

絵画やデッサンについての指導力を期待するのは無理だった。

したがって、ほぼ独学というのがアユミたちのデッサンだった。



 「やっぱりハードル、ウチらには高いんかなぁ?」



いまから描くデッサンに備えて4Bの鉛筆を削るアユミの心が、すこし揺れた。





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『月夜のデザイン列車』 【1】

 夏の台風においてけぼりにされた雲たちが空に散らばっているのを、

アユミはそっとカメラに納めた。シャッターの音が静かにひびく。

雲たちはゆっくりと東に向けて移動し、やがて山の向こうに消えていく。

昨夜の雨に打たれたあとの静けさとかすかな風が、アユミを取り囲んでいた。



 アユミ。地元に1校しかない高校に通う、どこにでもいる女子高校生。

風景を眺めるのが好きで、いつしかそれをカメラに納めるようになった。

首からぶら下げた一眼レフは、いつもは会えない父親からのプレゼント。

決して高価ではなかったが、近所の散歩のときにはいつも持ち歩いて、

なにげない風景や野良猫、小さな花などを撮った。



 フィルムの現像代のためにアルバイトをし、写真店からプリントが

あがってくるときのワクワク感に、なによりの喜びを感じていた。

そんなアユミには当然彼氏もいなかったが、趣味の点では充実していたと言える。



 アユミは首から下げたカメラを両手で押さえながら、ゆっくりと坂を降りた。

一歩一歩の足音が、ところどころ濡れたアスファルトに染みこんでいった。



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