『月夜のデザイン列車』【14】
2010年1月17日
美大の入試試験が終わったのだが、
合格発表まではなんだか落ちつかなかった。
その理由は…
学科試験で睡魔に襲われたことだ。
応援してくれる両親に申し分けないことをした…
アユミは情けなくて、もう諦めようかと思っていた。
入試が終わったこともあって、
飲みに行く友人(未成年だが)も居たし、実家に帰る友人も居た。
だが、アユミはやっぱりデッサンに向かうのだった。
“いまは描くことしかできない…”
アユミの第一志望は武蔵野美術大学の
プロダクトデザイン学科。
日程が違う短期学部グラフィックデザイン科も受けた。
しかし、どとらも手応えがあるような、無いような…
せめて、短期学部にでもひっかかってくれれば…
鉛筆の滑りが良くない。
ファーバーカステルの鉛筆はたまに紙にひっかかることがある。
アユミはステッドラーの4Hに持ち替えて、
石膏像の背後から来る光を紙に写し取っていった。
・・・・・
試験の合格発表は、予備校の授業の日だった。
予備校の入り口に、合格受験番号の紙が貼り出される。
予備校生たちは一斉に群がり、自分の番号を確認する。
アユミはまだ教室で絵の具を溶いていた。
窓の外から聞こえる歓声を聞きながら、
絵筆が走るように、絵の具の水分量を調整する。
「アユミ、見た?」
息をきらせてトモコが教室に入ってきた。
「わたし、受かったわ~!!視覚伝達デザインよ!!」
トモコは第一志望に受かったらしい。
「アユミも見てきなよ!」
「う、うん、でも絵の具溶いたところだから…あとで見るわ」
トモコはスキップしながら出て行った。
友人として、本当によかったと思う。
アユミは平面構成の広い部分を絵の具で塗ると、
合格発表を見に行った。
心臓が高鳴る。
“学科で居眠りしたからなぁ…”
強烈な後悔が胸を締め付ける。
まずは、工芸工業デザイン科…
…無い。
何度も数字の列を見直す。
…やぱり無い。
アユミの中に自責の念がこみ上げる。
そのまま、短期学部のほうの合格発表を見る。
…あった…。
あった!
アユミは目を閉じて壁に額を押しつけた。
よかった…!
なんとか、受かった!
第一志望ではないけれど、
短期学部で2年で卒業だけど、
だけど、だけど…
“ヨカッタ…”
「アユミ、よかったな!」
うしろから予備校の先生の声がした。
「先生、ありがとう!」
「ムサビでもがんばれよ!」
「はい!」
アユミは空を見上げた。
淡い青空のとおくをスジになって吹き飛ぶ雲たち。
アユミの将来がふわっと明るく広がっていくのを感じた。
アユミはその晩自宅へ帰ると
真っ先に実家の両親へ電話をした。
・・・・・
その1ヶ月後、アユミは武蔵野美術大学の
四角いシンプルな門をくぐって登校した。
煉瓦のメイン通路には、様々な服装の学生があふれている。
サークルの勧誘も至る所でやっている。
各学部の前では、新入生が集まっている。
予備校で見た顔ぶれも混じっている。
これからの学生生活。
これからの、ワタシの未来!
アユミはすこしの不安とそれを上回る期待を胸に、
学生生活をはじめるのだった。
>>>>>【14】おわり