『月夜のデザイン列車』【14】
美大の入試試験が終わったのだが、
合格発表まではなんだか落ちつかなかった。
その理由は…
学科試験で睡魔に襲われたことだ。
応援してくれる両親に申し分けないことをした…
アユミは情けなくて、もう諦めようかと思っていた。
入試が終わったこともあって、
飲みに行く友人(未成年だが)も居たし、実家に帰る友人も居た。
だが、アユミはやっぱりデッサンに向かうのだった。
“いまは描くことしかできない…”
アユミの第一志望は武蔵野美術大学の
プロダクトデザイン学科。
日程が違う短期学部グラフィックデザイン科も受けた。
しかし、どとらも手応えがあるような、無いような…
せめて、短期学部にでもひっかかってくれれば…
鉛筆の滑りが良くない。
ファーバーカステルの鉛筆はたまに紙にひっかかることがある。
アユミはステッドラーの4Hに持ち替えて、
石膏像の背後から来る光を紙に写し取っていった。
・・・・・
試験の合格発表は、予備校の授業の日だった。
予備校の入り口に、合格受験番号の紙が貼り出される。
予備校生たちは一斉に群がり、自分の番号を確認する。
アユミはまだ教室で絵の具を溶いていた。
窓の外から聞こえる歓声を聞きながら、
絵筆が走るように、絵の具の水分量を調整する。
「アユミ、見た?」
息をきらせてトモコが教室に入ってきた。
「わたし、受かったわ~!!視覚伝達デザインよ!!」
トモコは第一志望に受かったらしい。
「アユミも見てきなよ!」
「う、うん、でも絵の具溶いたところだから…あとで見るわ」
トモコはスキップしながら出て行った。
友人として、本当によかったと思う。
アユミは平面構成の広い部分を絵の具で塗ると、
合格発表を見に行った。
心臓が高鳴る。
“学科で居眠りしたからなぁ…”
強烈な後悔が胸を締め付ける。
まずは、工芸工業デザイン科…
…無い。
何度も数字の列を見直す。
…やぱり無い。
アユミの中に自責の念がこみ上げる。
そのまま、短期学部のほうの合格発表を見る。
…あった…。
あった!
アユミは目を閉じて壁に額を押しつけた。
よかった…!
なんとか、受かった!
第一志望ではないけれど、
短期学部で2年で卒業だけど、
だけど、だけど…
“ヨカッタ…”
「アユミ、よかったな!」
うしろから予備校の先生の声がした。
「先生、ありがとう!」
「ムサビでもがんばれよ!」
「はい!」
アユミは空を見上げた。
淡い青空のとおくをスジになって吹き飛ぶ雲たち。
アユミの将来がふわっと明るく広がっていくのを感じた。
アユミはその晩自宅へ帰ると
真っ先に実家の両親へ電話をした。
・・・・・
その1ヶ月後、アユミは武蔵野美術大学の
四角いシンプルな門をくぐって登校した。
煉瓦のメイン通路には、様々な服装の学生があふれている。
サークルの勧誘も至る所でやっている。
各学部の前では、新入生が集まっている。
予備校で見た顔ぶれも混じっている。
これからの学生生活。
これからの、ワタシの未来!
アユミはすこしの不安とそれを上回る期待を胸に、
学生生活をはじめるのだった。
>>>>>【14】おわり
2010年01月17日
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『月夜のデザイン列車』【13】
アユミは2年目の受験を迎えていた。
デッサンの会場付近では
学生たちがたむろしている。
鉛筆を削るもの。
おしゃべりをするもの。
デッサン画を見て勉強しているもの。
「いまさら見ても遅いだろ?」と思うが…。
さて、デッサンの実技が始まった。
アユミの席は左の端だった。
不利な席だ。
が、鉛筆デッサンは得意だったので
不安は無かった。
1年目とは余裕が違っていた。
白いケント紙に鉛筆を使って書いていく。
今日は青いステッドラーの鉛筆の走りがいい。
デッサンは、白と黒しか無い。
しかし、「色」を感じさせることが必要だ。
光が当たり、反射して、それがこちらに届いている。
その情報を自分なりに解釈して、絵心をプラスする。
模写するだけではダメだ。
自分なりの視点でモノを見ることが必要だ。
独創性があればそれでいいかというと、それは違う。
存在感、素材感、重さ、手触り、塊感、
そして空気感などを紙にうつしとっていく。
デッサンはモノとの対話であり、
自分との対話でもある。
自然との対話でもあり、
哲学でもある。
アユミはわずか1年の経験ではあったが、
それなりに目を養えたと思っていた。
「修了です。」
実技は自信があった。
アユミは「ふぅ。」と息をつくと、
画面を羽根ほうきで払って、会場を出た。
アユミには、実はおおきな不安があった。
それは、実技の前に行われた学科試験であった。
なんと、試験で居眠りをしてしまったのだ…!
自分でも信じられなかった。
緊張すると眠くなるのが悪い癖なのだが、
学科試験会場の席はストーブの真横。
ガンガンにあったかいストーブの熱気で
ぼうっとしたと思ったら、
試験終了のチャイムが鳴ったのだった…。
親に申し分け無くて、自分に情けなくて、涙が出た。
「なにやってんだろ…」
試験会場からの帰り道、
予備校の仲間たちに会った。
「どうだったぁ~?!」
「だめだよ~」
「手応えアリアリやでー!」
アユミはその輪からすこし離れて歩いた。
「よ、あゆみ!どうだった?」
トモコがアユミを見つけて声をかけてきた。
「ああ、トモコ…トモコはどうだったの?」
「まあまあ、かな。いつもの感じよ。」
アユミは学科試験のことを話した。
トモコは一瞬目を丸くしたが、すぐに、
「それも実力かもね。」といって笑った。
実力、か…。
考えても仕方ないわ、終わったんだし…
「トモコ、ピザ食べに行かない?」
「いいわ!行こう。試験終わったしね!」
二人は立川駅行きのバス乗り場へ向かった。。
アユミは、
1年間の集大成って、こんなにあっけないのかな、と
考えながら歩いた。
道路の脇を落ち葉が風で流されていった。
>>>>>13おわり
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2009年11月27日
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『月夜のデザイン列車』【12】
ある夜の出来事。
アユミはその夜、なにかが壁にぶつかる音で目を覚ました。
“なんだろう?”
どかっ、どかっと重たいものが壁にあたっている音。
ボロいアパートのガラスがガタガタと揺れる。
そしてすぐに、男の怒号がきこえてきた。
「…ふざけんな!」
「どうなるかわかってんのかよ!」
アユミのアパートは通りに面している。
アユミの部屋の壁と通りの間には
ブロックの塀があるのだが、
どうもそこにだれかが押さえつけられて
いるらしいことが伝わってくる。
何人いるのかわからないが、
苦しそうな息づかいまで聞こえる。
おそらく、アユミとは1メートルも離れていない。
アユミは恐怖で身体が固まってしまった。
部屋の中でじっと息を殺していた。
「おら!おら!おら!おらぁ!!」
声にあわせてドスドスと壁が揺れる。
うめき声がする!
しばらく続いたあと、
車が急発進していった。
重たいものが倒れる音。
そして、静寂…。
アユミはしばらく硬直していたのだが、
ゆっくりと110番に通報した。
しばらくしてパトカーがやってきた。
部屋の中に赤いサイレンの光が
フラッシュのように差し込む。
警官がしばらくなにかを小声で話している。
トランシーバーの会話がなにかを指示している。
アユミはどうしていいかわからずに
そのまま床に入った。
心臓がどきどきしている。
外には救急車がサイレンを鳴らさずに
やってきたようだ。
一体なにがあったのか…。
アユミはそのまま寝てしまった。
-
次の日、外に出てみると
道路のいたるところに砂が撒かれていた。
アユミのアパートの壁も洗った後がある。
“なにがあったのかしら…”
アユミは怖かったが、
不思議な感覚を覚えていた。
“これも日常の風景なんだわ…”
そんなことだって起こりうる。
なぜかそれで納得している自分が居た。
アユミは鉛筆ケースとパネルを持って
砂を踏みながら予備校に向かった。
>>>>> タグ: デッサン, 予備校, 受験, 月夜のデザイン列車, 東京, 美大
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2009年10月31日
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『月夜のデザイン列車』【11】
それからのアユミは、ひたすら描いた。
田舎モノとしての自分が笑われなくなるには
ひたすら描くことしかできなかった。
学院では何人かの友達もできたし、
寮での友人もできた。
その友人の中には
アユミを笑った子も含まれていたが、
そんなことはどうでもよかった。
そしてほどなくして、
アユミは寮を出て、アパートを借りた。
絶対に受験に受かることと、
受かってもそのまま住み続けることが条件だ。
風呂無しの狭い集合アパート。
○○荘という名前が昭和の記憶を引きずっている。
大家さんは近所の銭湯のご主人。
上京したアユミをなにかと世話してくれた。
そんなある日、事件が起こった。
アユミがアパートに帰宅すると、
アパートのドアの鍵が開いていた。
“あれ?鍵をかけ忘れたかな?”
なんて思いつつ自分の机へ行くと、
引き出しが開いている。
“あれ?私あけっぱなしだったっけ?”
ふと足下を見ると、
部屋に置いてあったデッサン用のケント紙に
靴のあとがついている!
“これは私の靴あとじゃない!!”
顔から血の気が一瞬で引いていくのがわかる。
よく見ると、そこらじゅう足跡がついている。
“だれかが、この部屋に入ったんだわ!”
アユミは近くの派出所に駆け込んだ。
そこで状況を説明して、おまわりさんに一緒に部屋に
来てもらった。
空けていない押し入れやトイレを順番に開けていく。
天袋、屋根裏など、ひととおり開けて確認する。
「なにか盗られたものってあるの?」
幸い、盗られたものは無かった。
最低限のものしか置いていないし、
金目のものも無い。
現金や通帳も無い、貧乏浪人生だ。
「アユミさんさぁ、大家さんに言って鍵変えてもらうといいよ。」
おまわりさんはひととおり調書を書いて帰っていった。
あとにぽつんと残されたアユミ。
さっきまで、だれか知らない人物が歩き回った部屋で。
幸い、鍵は大家さんがすぐに替えてくれることになった。
「2個つけといたからね。娘さんになんかあったら大変だよ」
「ありがとうございます…」
その日の晩は不安で寂しくて、泣きそうになりながら
床についたのだが、
事件はそれだけでは無かった。
その晩、アユミは長い夜を迎えることになる。
>>>>
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2009年10月17日
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『月夜のデザイン列車』【10】
アユミが通うのは
立川美術学院。
立川市の駅から歩いて10分くらいのところにある。
ここで受験のための実技や、学科も学ぶ。
アユミの居る寮は
学院が契約しているもので
ほかの学生も入寮している。
アユミが荷物の整理をしていると
一人の学生が部屋に来た。
「こんにちは?新入り?」
「あ、こんにちは…」
彼女の名前はトモコ。
広島から来ているらしい。
早々に浪人を決めて、
もう10日も前にここへきて住んでいるのだそうだ。
「どこ目指してるの?」
「ムサビの工芸工業。」
「わたしとおんなじやが!がんばろなー。」
「うん。がんばろう。」
アユミとトモコの二人は
同じ西日本出身ということもあって
早速うちとけたのだった。
次の日、立川美術学院、通称“タチビ”の
簡単な入学式があった。
そのあとは、
早速デッサンと平面構成。
これで生徒たちの力量を見ているのだろう。
アユミは必死で集中して描いた。
描いたあとは
教室の壁に一斉にならべて講評。
“ええっ?そんなことするの?”
アユミは自分の絵が人前で講評される経験は
無かった。
緊張で両方の耳がじんじんしてきた。
自分の絵の番。
自分の力量は、まわりの絵と見比べれば
一目瞭然。
まるで、高校生の展覧会に
小学生が出展してるみたい…。
マイクを持った講師が
アユミの絵をしばらく見て言った。
「稚拙だよね」
教室からはかすかに笑い声がした。
実を言うと、アユミは“稚拙”という言葉の
意味がわからなかった。
そんな難しい言葉を使うひとは
西条市にはいなかったわ…
しかし、どういう評価をされているかは
教室の笑い声でなんとなく理解できた。
それからはアユミは恥ずかしさと悔しさで
顔がほてったまま一日目を終えた。
アユミが部屋で落ち込んでいると
トモコが来た。
「アユミ、食堂でごはんだよ」
「え…ああ、ありがとう…」
トモコに連れられて食堂に行くと
10人くらいの学生が夕食を食べていた。
アユミが顔を見せるなり
「あ、稚拙な絵のひとじゃん。」
…クスクスクス!
アユミがはっとして声のほうを見ると、
昼間学院で見かけた顔が並んでいる。
「気にするコト無いよ」
トモコが言う。
アユミはうつむいて、
必死で涙をこらえていた。
ふと、田舎で送り出してくれた母親の姿が
目に浮かんだ。
昨日まで家族で食べた、暖かい夕食が
早くも恋しい。
アユミは夕食にすこしだけ箸をつけたが
悲しくなって部屋に逃げ帰った。
>>>>>
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2009年10月11日
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『月夜のデザイン列車』 【9】
3月の末。
アユミは荷物をまとめていた。
高校時代を共にした、お気に入りのものたちに別れを告げ
必要なものだけをダンボール箱に詰めていく。
要る?要らない?
わからないものは箱には入れない。
最終的にはダンボール6個に収まった。
アユミは試験の通知を、
ため息まじりに見直した。
そこにあるのは、
不合格の通知。
何度見直しても
文字が合格に変わるはずもないのに。
カルチャーショックを受けた大阪芸大は
アユミもノリコも不合格。
九州産業大は受かった。
ノリコも受かった。
武蔵野美術大学は、不合格。
わかってたようなものだが、
それでも悲しい。
「アユミ、出来た?荷物屋さん呼ぶよ?」
母の声。
「う、うん。」
「ふー、なんだか寂しくなるわね」
母が手をふきながら部屋に入ってきた。
アユミは結局、専門学校へ行くことにした。
親には負担をかけるが、1年だけ、という条件で
立川市にある美術学院へ入学することにした。
「いつ帰れるのかな…」
「さあね、一年は帰って来んのじゃないの?」
アユミが行くのは寮。
立川の美大予備校生が住む古い寮らしい。
「部屋の荷物、置いておいてね」
「わかっとるわね。置いといたげるから、はよしぃ。」
3月も終わろうという暖かい日、
アユミは西条駅で母と、母の妹に見送られて列車に乗った。
なぜかグリーン席をとってもらっていた。
列車が走り出すと、
車窓から小さくとおざかる二人。
「じゃ、行ってくる」なんて出たけど、
親と離れて暮らすのはこれがはじめて。
しかも、来年の受験に受かったとしたら
西条に帰ってくるのはいつになるんだろう?
もしかして、親と一緒に暮らすのは
これが最後なんじゃないだろうか?
まさか?
あれこれ想いをめぐらせているうちに
やがてアユミは眠ってしまった。
立川駅に着くと、寮母が迎えにきてくれていた。
年配の女性。
流ちょうな言葉で話す。
これが東京弁なの?
こちらが伊予弁で話すのが怖い。
寮の部屋に案内された。
昔は病院だったらしい。
じゃ、ここは病室?
でも環境はいい。
ほかの寮生が外で布団を干している。
“ここで生活が始まるんだわ”
アユミはこの数週間というもの、いろんなことがありすぎて
気が気じゃなかった。
正直、高校の卒業式もうわのそらだった。
ぜんぜん嬉しくなかったし、
それよりも来年の受験のこと、そして
デッサンのライバルたちが気になって仕方がなかった。
アユミは工芸工業デザインを志望していたが、
実はその先をあまり考えていなかった。
働くのはどこ?
どんな仕事になるのかしら?
そのへんよく調べないまま、必死でデッサンしてきたが、
じゃあその仕事に就くにはどうすればいいのか、
どの会社へ行けばいいのか、全くイメージできていなかった。
考えているのは、デッサンのレベルを上げて
受験に受かることだけ。
受かったあとはどうするのかなどは
そもそも頭の中に無い。
アユミは、そういう本末転倒で感情的な考え方が
自分の人生を大きく振り回すことになることを、
ずっと後で知ることになる。
>>>>>
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2009年09月19日
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『月夜のデザイン列車』 【8】
1月末。
アユミはノリコと一緒に大阪芸大にいた。
学科とデッサンを終え、あとは平面構成。
平面構成とは画用紙の上に課題から図案を構成し
ポスターカラーで彩色していくもの。
大阪芸大は特殊だと聞いていた。
キャラクターの作成が重要視される、と。
自分の課題をこなしながら、ふと周囲を見渡す。
キャラクターが画面に溢れている…
試験を終え、アユミとノリコは同じ電車に乗る。
「どうだった?」
「あかんわ、みんなキャラクター描いてたもん」
それからほどなくして、
二人は九州産業大学のデザイン科を受けた。
デッサンもいい感じ。
平面構成もそれなりにできた。
「ウチら、いけたんちゃう?!」
「うん、けっこう描けたわ!」
ノリコも上機嫌だ。
たしかな手応えを感じているみたい。
そしてアユミはさらに、
本命の武蔵野美術大学を受けることにしていた。
目指すのは工芸工業デザイン学科。
一般にインダストリアルデザインといって、
工業製品のデザインを学ぶ学科だ。
身のまわりにある工業製品が好きだったアユミ。
モノのカタチには異常なまでに惹かれる自分が居た。
好きなカメラのデザインだって、
自分なりに考えてみたりもしていた。
それに、
アユミの住む西条市には
ナショナル(現パナソニック)の工場があって、
そこで工業製品がデザインされているというのを知っていた。
2月のある日、アユミは伊予西条駅から特急列車に乗った。
入試用のポスターカラーや絵筆、鉛筆などを詰め込んだバッグをもって。
ディーゼルエンジンの列車がうなりをあげて走り始める。
アユミは不安だった。
というのも、東京へ行くのは初めてで、
どんなところなのか、一切しらなかった。
しかも、入試。
競合が多いことは覚悟している。
それではたして受かることができるのか。
奇跡は、起こるんだろうか。
岡山で新幹線に乗り換える。
京都、名古屋、新横浜、そして東京。
車窓から見る東京の街は圧巻だった。
“高いビルがいっぱい…”
西条市のビルといえば5階建てが最高くらいだろうか?
高いものといえば、山くらい。
東京駅で乗り換えて、
国分寺を目指す。
方角がどっちをむいているのか
まったくわからない。
海はどっちにあるの?
山はどこ?
街にはとにかく沢山の人が居る。
除けて通るのがやっと。
どこからこんなに人が湧いてきたんだろう?
行き先をひとに聞きまくって電車に乗り、
無事に宿に着いてほっとした。
休む間もなく、アユミは宿でデッサンを練習しはじめた。
とにかく鉛筆を動かしていないと不安で仕方がない。
4Bの鉛筆の先から描かれる線はたよりなく、
明日の試験を物語っているように見えた。
となりの宿から怒号が聞こえてきた。
東京弁なのかなんなのかもわからない。
アユミは不安と緊張で泣きそうになっていた。
次の日、国分寺からのバスに乗り、武蔵野美術大学へ着いた。
コンクリートの四角い門がそびえている。
“ここがムサビ…”
アユミは大荷物を抱え直して
試験会場に入った。
すでに沢山の受験生であふれている。
倍率は40倍だと聞いた。
学科試験を受け、実技に進む。
まずはデッサン。
静物を描く。
花瓶と花、その他のものが机の上に整然と置かれている。
それらの素材は様々、重さや質感もバラエティに富んでいる。
“こんなん、描いたコト無いわ…”
泣きそうになりながら、必死で描いた。
まわりを見ずに、集中して。
「はい、時間です。回収します。」
試験管が淡々と言った。
アユミは鉛筆や芯のカスを払いつつふと周囲を見た。
「!!!!!!」
アユミは声が出なかった。
“あんなの描けない!!”
まわりにあったのは、モノクロの鉛筆デッサンなのに
色すら感じるほどのデッサンだった。
生きた花は花らしく、
固い花瓶は固く、
前に置かれた綿花はふんわりと白く、
花切りナイフは光りを受けて輝いてすらいる!
黒い鉛筆で書いたのに、なぜか光を感じる絵…。
それに対してアユミのはどうだろう。
どす黒く、全部が同じトーンを放っている。
みんな粘土でできているようだ…。
アユミは凹んでしまった。
顔をあげてまわりを見ることはできなかった。
そのあと、どうやって平面構成の試験をこなしたのか
まったく覚えていない。
どうにか描いて、どうにか荷物をまとめて
逃げるように東京を後にしたのだった。
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2009年09月13日
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カテゴリ: 月夜のデザイン列車
『月夜のデザイン列車』 【7】
3学期になり、美術部の顧問である遠藤に
デッサン講習の成果を見せることになっていた。
放課後、アユミとノリコは顔を見合わせるとため息をついた。
「…どう?」
アユミが聞くとノリコは言った。
「うん…。でもね、もうなるようにしかならんわ!ははは!」
ノリコは明るかった。
暗く落ち込んだのを見たことがない。
すぐに立ち直って、明るくふるまう。
そこがノリコの素晴らしいところなんだと思う。
「おー!おまえらどうじゃった~?!見せてみぃ~!」
遠藤が二人のデッサンを見入る。
「ふむふむ…」
二人はなんと言われるのかドキドキしている。
「ほう!上手くなっとるじゃないか!」
そう言われて、嬉しかった。
が、二人はほかの受験生、つまりライバルたちが
どんなデッサンをするのかを知っている。
かつて見たことのない立体感、迫力、そしてにじみ出る個性。
とても太刀打ちできない…
どうしていいかわからず黙っている二人を察したのか
遠藤が言った。
「さて、と。 どこ受けるかのぅ、おい?」
振り向いてこちらを見る遠藤の目が、汚れたメガネのレンズの奥で、
これまでになくしっかりとこちらを見ている。
アユミとノリコの二人は、きゅっと背筋が緊張するのを感じた。
その日の夕暮れ時、ヒロコは三本松の公園の石段に腰掛けていた。
となりには同級生のユウジ。
ヒロコはアユミと同じく美大を目指していたが、
夏の終わりに愛大進学へ切り替えたのだ。
ユウジは理数科という選抜クラスでも指折りの成績。
実は、ヒロコとは秋につきあい始めて、よく一緒に下校していた。
3学期はじまったばかりの夕暮れはさすがに寒い。
二人は厚手のコートを着て、微妙な距離をあけて座っていた。
黒猫の食パンをちぎっては、お堀の鯉たちに投げ与える。
口をパクパクさせておねだりする鯉たち。
「ヒロコちゃん、おめでとう。」
「ありがとう。」
ヒロコは一足早く12月に推薦入学を決めていた。
「ユウジはどうするの?」
「俺は、やっぱり阪大。阪大を受けるよ。四国電力で働きたいんだ。」
「やっぱ、そうなんだ…」
「うん、大阪っていう街を知りたい。」
「じゃあ、春からはあんまり会えんなるん?」
「…。」
言葉に詰まるユウジ。
ヒロコはうつむいしまった。
石段の冷たさが身体にしみこんでくる。
「ヒロコ…。」
なに?と顔を上げたら、そこにユウジの顔があった。
そしてユウジの唇が、そっとヒロコの唇に重なってきた…
ヒロコは一瞬硬直したが、はじめてのキスの感覚に
身体の芯に灯るぬくもりを感じた。
ヒロコの肩に置いたユウジの手が緊張している。
そんなユウジを、ヒロコは可愛らしく思った。
“でもユウジは大阪を目指しよんよね…”
そう自分に言い聞かせながら、
ヒロコは自分のほおに伝う涙を手袋でぬぐったのだった。
>>>
『月夜のデザイン列車』は週末更新にするつもりです。
まとめて書くようにしますネ!
(なかなかハナシが進展しないなぁ…笑)

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2009年09月06日
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『月夜のデザイン列車』 【6】
その冬、正月を挟んで高松でのデッサン講習がはじまった。
西条高校からはアユミのほかにもうひとり参加することになった。
秋になってから美大を目指してデッサンを始めたノリコ。
ノリコはアニメ部で絵を描いていたので、上達が早かった。
デッサンをしてもちゃんとカタチもとれるし、陰影をつけるのも上手い。
持ち前の才能といったところだ。
ノリコとは相部屋。
昼間は講習を受け、宿に帰ってからは英語と国語の参考書とにらめっこ。
そんな日々を送るはずだった。
だが、実際に講習に出てみると、アユミとノリコは大きなショックを受けた。
“みんな、上手い…”
まわりの塾生はもう何年もデッサンを学んでいる。
たとえ書きかけのデッサンでも、二人のデッサンとの差は歴然としていた。
“これは、美大進学はもう無理なんじゃないか…”
なんとか課題をこなすものの、落ち着かない一日を過ごし
宿に帰ってからも戸惑いで勉強ははかどらなかった…。
宿では老夫婦の経営者が二人になにかと世話を焼いてくれる。
いつも朝食を用意してくれるのだが、
いつも一品か二品多い。
「あんたら、がんばってな~!」
「トースト2枚にしといたで!ようさん食べな!」
二人はそのぬくもりがありがたかった。
このひとたちは応援してくれている。
がばらなきゃ!
せめて、デッサンのチカラをすこしでも吸収しなきゃ!
宿のぬくもりが
二人の折れそうな心を支えてていたのだった。
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2009年09月06日
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『月夜のデザイン列車』 【5】
「だいぶ寒なってきたのぅ~~~!!」
スリッパをバタバタ言わせて、頭にタオルを巻いたオッサンが入ってきた。
美術部の顧問の遠藤だ。
遠藤の言うとおり、たしかに寒い。
暖房の無い美術室はさらに寒く感じる。
もう11月も末、そろそろストーブが欲しいところだ。
「まいったまいった、職員会はなんであんなに退屈なんじゃ!」
「遠藤先生、こんにちは。」
「おう。ええか?学校の校長なんてのはなーんも偉ないんやぞ?!」
「・・・・・。」
また遠藤の皮肉がはじまった。
自分の勤める学校の校長を悪く言う遠藤が、校長先生より偉くないのは明らかだ。
アユミは遠藤のことはそれなりに頼りにしていたが、同時に不信感も持っていた。
第一、 指導はいつも〈自分で考えてみろ〉と言うだけで、指導らしい指導は無い…。
これで受験に受かるのか不安にもなると言うものだ。
遠藤がアユミのデッサンをのぞき込んだ。
「ほう、だいぶうまくなっとるのぅ。」
それでもほめられると嬉しい。アユミはすこし照れ笑いをした。
しばらく見ていた遠藤が、真面目な顔で言った。
「アユミ、お前、高松で冬期講習受けてみんか?」
「え?」
アユミは突然のことで、一瞬ぽかんとしてしまった。
アユミは、美術部顧問の遠藤からそんな言葉を聞くなんて
思ってもみなかった。
高校生のアユミにとって、そんな講習があることも考えなかったし、
美術部の顧問である遠藤から教わることがすべてだったのだ。
一応、講習費や宿泊費もかかることなので、遠藤からアユミの両親に
電話で説明してもらうことになった。
アユミは嬉しかった。
いつも教育委員会の体制に対して文句ばっかり言っている皮肉屋の遠藤だったが、
私のことを心配してくれているんだ…。
そう思うと、なにがなんでもデッサンの力をつけて受験に望むんだ、と
アユミはモティベーションが上がるのだった。
>>>
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2009年09月04日
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