『月夜のデザイン列車』【13】
アユミは2年目の受験を迎えていた。
デッサンの会場付近では
学生たちがたむろしている。
鉛筆を削るもの。
おしゃべりをするもの。
デッサン画を見て勉強しているもの。
「いまさら見ても遅いだろ?」と思うが…。
さて、デッサンの実技が始まった。
アユミの席は左の端だった。
不利な席だ。
が、鉛筆デッサンは得意だったので
不安は無かった。
1年目とは余裕が違っていた。
白いケント紙に鉛筆を使って書いていく。
今日は青いステッドラーの鉛筆の走りがいい。
デッサンは、白と黒しか無い。
しかし、「色」を感じさせることが必要だ。
光が当たり、反射して、それがこちらに届いている。
その情報を自分なりに解釈して、絵心をプラスする。
模写するだけではダメだ。
自分なりの視点でモノを見ることが必要だ。
独創性があればそれでいいかというと、それは違う。
存在感、素材感、重さ、手触り、塊感、
そして空気感などを紙にうつしとっていく。
デッサンはモノとの対話であり、
自分との対話でもある。
自然との対話でもあり、
哲学でもある。
アユミはわずか1年の経験ではあったが、
それなりに目を養えたと思っていた。
「修了です。」
実技は自信があった。
アユミは「ふぅ。」と息をつくと、
画面を羽根ほうきで払って、会場を出た。
アユミには、実はおおきな不安があった。
それは、実技の前に行われた学科試験であった。
なんと、試験で居眠りをしてしまったのだ…!
自分でも信じられなかった。
緊張すると眠くなるのが悪い癖なのだが、
学科試験会場の席はストーブの真横。
ガンガンにあったかいストーブの熱気で
ぼうっとしたと思ったら、
試験終了のチャイムが鳴ったのだった…。
親に申し分け無くて、自分に情けなくて、涙が出た。
「なにやってんだろ…」
試験会場からの帰り道、
予備校の仲間たちに会った。
「どうだったぁ~?!」
「だめだよ~」
「手応えアリアリやでー!」
アユミはその輪からすこし離れて歩いた。
「よ、あゆみ!どうだった?」
トモコがアユミを見つけて声をかけてきた。
「ああ、トモコ…トモコはどうだったの?」
「まあまあ、かな。いつもの感じよ。」
アユミは学科試験のことを話した。
トモコは一瞬目を丸くしたが、すぐに、
「それも実力かもね。」といって笑った。
実力、か…。
考えても仕方ないわ、終わったんだし…
「トモコ、ピザ食べに行かない?」
「いいわ!行こう。試験終わったしね!」
二人は立川駅行きのバス乗り場へ向かった。。
アユミは、
1年間の集大成って、こんなにあっけないのかな、と
考えながら歩いた。
道路の脇を落ち葉が風で流されていった。
>>>>>13おわり
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2009年11月27日
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『月夜のデザイン列車』【12】
ある夜の出来事。
アユミはその夜、なにかが壁にぶつかる音で目を覚ました。
“なんだろう?”
どかっ、どかっと重たいものが壁にあたっている音。
ボロいアパートのガラスがガタガタと揺れる。
そしてすぐに、男の怒号がきこえてきた。
「…ふざけんな!」
「どうなるかわかってんのかよ!」
アユミのアパートは通りに面している。
アユミの部屋の壁と通りの間には
ブロックの塀があるのだが、
どうもそこにだれかが押さえつけられて
いるらしいことが伝わってくる。
何人いるのかわからないが、
苦しそうな息づかいまで聞こえる。
おそらく、アユミとは1メートルも離れていない。
アユミは恐怖で身体が固まってしまった。
部屋の中でじっと息を殺していた。
「おら!おら!おら!おらぁ!!」
声にあわせてドスドスと壁が揺れる。
うめき声がする!
しばらく続いたあと、
車が急発進していった。
重たいものが倒れる音。
そして、静寂…。
アユミはしばらく硬直していたのだが、
ゆっくりと110番に通報した。
しばらくしてパトカーがやってきた。
部屋の中に赤いサイレンの光が
フラッシュのように差し込む。
警官がしばらくなにかを小声で話している。
トランシーバーの会話がなにかを指示している。
アユミはどうしていいかわからずに
そのまま床に入った。
心臓がどきどきしている。
外には救急車がサイレンを鳴らさずに
やってきたようだ。
一体なにがあったのか…。
アユミはそのまま寝てしまった。
-
次の日、外に出てみると
道路のいたるところに砂が撒かれていた。
アユミのアパートの壁も洗った後がある。
“なにがあったのかしら…”
アユミは怖かったが、
不思議な感覚を覚えていた。
“これも日常の風景なんだわ…”
そんなことだって起こりうる。
なぜかそれで納得している自分が居た。
アユミは鉛筆ケースとパネルを持って
砂を踏みながら予備校に向かった。
>>>>> タグ: デッサン, 予備校, 受験, 月夜のデザイン列車, 東京, 美大
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2009年10月31日
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『月夜のデザイン列車』【11】
それからのアユミは、ひたすら描いた。
田舎モノとしての自分が笑われなくなるには
ひたすら描くことしかできなかった。
学院では何人かの友達もできたし、
寮での友人もできた。
その友人の中には
アユミを笑った子も含まれていたが、
そんなことはどうでもよかった。
そしてほどなくして、
アユミは寮を出て、アパートを借りた。
絶対に受験に受かることと、
受かってもそのまま住み続けることが条件だ。
風呂無しの狭い集合アパート。
○○荘という名前が昭和の記憶を引きずっている。
大家さんは近所の銭湯のご主人。
上京したアユミをなにかと世話してくれた。
そんなある日、事件が起こった。
アユミがアパートに帰宅すると、
アパートのドアの鍵が開いていた。
“あれ?鍵をかけ忘れたかな?”
なんて思いつつ自分の机へ行くと、
引き出しが開いている。
“あれ?私あけっぱなしだったっけ?”
ふと足下を見ると、
部屋に置いてあったデッサン用のケント紙に
靴のあとがついている!
“これは私の靴あとじゃない!!”
顔から血の気が一瞬で引いていくのがわかる。
よく見ると、そこらじゅう足跡がついている。
“だれかが、この部屋に入ったんだわ!”
アユミは近くの派出所に駆け込んだ。
そこで状況を説明して、おまわりさんに一緒に部屋に
来てもらった。
空けていない押し入れやトイレを順番に開けていく。
天袋、屋根裏など、ひととおり開けて確認する。
「なにか盗られたものってあるの?」
幸い、盗られたものは無かった。
最低限のものしか置いていないし、
金目のものも無い。
現金や通帳も無い、貧乏浪人生だ。
「アユミさんさぁ、大家さんに言って鍵変えてもらうといいよ。」
おまわりさんはひととおり調書を書いて帰っていった。
あとにぽつんと残されたアユミ。
さっきまで、だれか知らない人物が歩き回った部屋で。
幸い、鍵は大家さんがすぐに替えてくれることになった。
「2個つけといたからね。娘さんになんかあったら大変だよ」
「ありがとうございます…」
その日の晩は不安で寂しくて、泣きそうになりながら
床についたのだが、
事件はそれだけでは無かった。
その晩、アユミは長い夜を迎えることになる。
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2009年10月17日
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『月夜のデザイン列車』【10】
アユミが通うのは
立川美術学院。
立川市の駅から歩いて10分くらいのところにある。
ここで受験のための実技や、学科も学ぶ。
アユミの居る寮は
学院が契約しているもので
ほかの学生も入寮している。
アユミが荷物の整理をしていると
一人の学生が部屋に来た。
「こんにちは?新入り?」
「あ、こんにちは…」
彼女の名前はトモコ。
広島から来ているらしい。
早々に浪人を決めて、
もう10日も前にここへきて住んでいるのだそうだ。
「どこ目指してるの?」
「ムサビの工芸工業。」
「わたしとおんなじやが!がんばろなー。」
「うん。がんばろう。」
アユミとトモコの二人は
同じ西日本出身ということもあって
早速うちとけたのだった。
次の日、立川美術学院、通称“タチビ”の
簡単な入学式があった。
そのあとは、
早速デッサンと平面構成。
これで生徒たちの力量を見ているのだろう。
アユミは必死で集中して描いた。
描いたあとは
教室の壁に一斉にならべて講評。
“ええっ?そんなことするの?”
アユミは自分の絵が人前で講評される経験は
無かった。
緊張で両方の耳がじんじんしてきた。
自分の絵の番。
自分の力量は、まわりの絵と見比べれば
一目瞭然。
まるで、高校生の展覧会に
小学生が出展してるみたい…。
マイクを持った講師が
アユミの絵をしばらく見て言った。
「稚拙だよね」
教室からはかすかに笑い声がした。
実を言うと、アユミは“稚拙”という言葉の
意味がわからなかった。
そんな難しい言葉を使うひとは
西条市にはいなかったわ…
しかし、どういう評価をされているかは
教室の笑い声でなんとなく理解できた。
それからはアユミは恥ずかしさと悔しさで
顔がほてったまま一日目を終えた。
アユミが部屋で落ち込んでいると
トモコが来た。
「アユミ、食堂でごはんだよ」
「え…ああ、ありがとう…」
トモコに連れられて食堂に行くと
10人くらいの学生が夕食を食べていた。
アユミが顔を見せるなり
「あ、稚拙な絵のひとじゃん。」
…クスクスクス!
アユミがはっとして声のほうを見ると、
昼間学院で見かけた顔が並んでいる。
「気にするコト無いよ」
トモコが言う。
アユミはうつむいて、
必死で涙をこらえていた。
ふと、田舎で送り出してくれた母親の姿が
目に浮かんだ。
昨日まで家族で食べた、暖かい夕食が
早くも恋しい。
アユミは夕食にすこしだけ箸をつけたが
悲しくなって部屋に逃げ帰った。
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2009年10月11日
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