感性フローと瞑想体験の関係について

感性フローと瞑想体験の関係について

はじめにおことわりさせてください。



これから書く内容、

とっても固いです…アセあせる


ですので

いつもの雰囲気がお好みの方は

読まないほうがいいかも…です。

(ごめんなさい)





今朝は

西条倫理法人会さんで

お話させていただきました。



終了後に、

ありきたりの研修はさんざんやっているから

変わったものが欲しい、とのお声がけをいただきました。



私がワークショップやってるとか

研修してるとか言うと

すぐに

「どこで研修を受けてますか」とか

「ワークショップのどんな資格をお持ちですか」と

聞かれることがあります。



きっとその方の“判断基準”なんだろうな、と思います。

ほかにものごとを計るものさしをお持ちでないのかもしれません。



たまたま昨日、

ときおりビジネスのアイデアを出し合う社長さんにも

お話しましたが、

私の販促研修は現場からさかのぼって組み立てているので

あまりそういった「型」にはこだわっていません。



ひたすら、感性フローを生むきっかけづくりを

追いかけています。



すこし前に

フロー状態について学ぶ機会がありました。



井深大氏の言う、

“…自由豁達ニシテ愉快ナル理想ノ工場ノ建設…”



これです。



つまり、

心の欲求に従って行動する、ということを大切にしましょう、と。







わたし、じぶんさがし部で黙想するじゃないですか。



それは、抑圧されたもうひとりの自分と対話し認め合うことなんですね。

ペルソナとシャドウの関係。

それは、自分の理想像と抑圧されたもう一人の自分との対話なんです。



それに気がついてから

世界が広がりました。



なるほどね~!と。



自分の内側からわき上がる感情、または感覚。

それに突き動かされる体験を

私たちは忘れつつないでしょうか?





感性感性、って私言ってますけど、

あくまで概念的なものです。



しかし、それを感じることができるのは

戦うことや自律性を高めることからでは導けないんですね。



理性では割り切れない部分に対して寛容になる。



すると、ひらめきや、ものの本質だと感じる部分が

どんどん降ってくるんです。

それは妙な気分ですし、ある意味カルト宗教的でもあります。



しかし、たとえカルト的であるとしても

それは人間の本質と深く結びついているんです。



そういったカルトチックなことを言ったり、

精神世界の飛行や、深層心理について語るのは

いまの競争社会ではマイノリティです。



多くは競争社会で生きていますから

その理屈にどっぷり浸かってます。



戦後づっと続いてきたその考え方を

180度変えるのはなかなかできないでしょう。



私だって昭和生まれですから

難しいことに変わりはありません。



しかし、

私たちよりも下の世代は

確実に違う価値観を持っています。



結婚の基準がそうです。



高学歴、高収入なんて言われた世代の私たちにくらべて

いまの世代は恋愛感情が上位にきます。



これはもしかしたら

価値観の大きな変化、



もっというと

いままでよしとされてきた生き方そのものの

大きな交代劇なのかもしれない。



そういう時代の販促やものづくりは

確実に変化していっていないと

ついていけなくなるんじゃないだろうか?

そんな仮説に酔いふけっていました。



あたらしい生き方や価値観の上に成り立つ社会に

きっとゆっくりと時間をかけて

変換していくんでしょうね。





先日私の友人が言っていた言葉。



「必要経費に1千万かけてよぉ、売上げ3千万やで。

これ、ゆっくり500万稼いでそれで十分食えたほうが

ひょっとしたら幸せかもしれん…」



もちろん、それが幸せかどうかはわからないし、

そんな単純な話じゃないだろ?



それに、今の経営の考え方だと

そんなんでどうするっ!!とおしかりを受けそうです。



しかし、もし、町内みんながそんな考えで、

たべものをわけあって、死ぬときも手伝ってくれれば、

それはそれでアリなんかもしれませんよ?!



いま世の中からはみ出してくらしている、

もしくは順応できないとされているひとたちが

実は進んだ価値観を(結果的に)もっていて、

我々の社会のほうが未発達だとしたら?



そのくらいの価値観の変貌って

この先あるんでしょうか??



僕にはわかりません。



でも、回遊魚のように突き進んで戦い続ける彼が

自分自身の中にある病んだ部分を気にしているのを

感じました。







ああ、

固い話はつかれる…



健忘録として書いてみました。

にひひ

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コメント

  1. ゆたんぽ より:

    1 ■わかるような、わからないような・・・
    以前勤めていた病院での患者様のことを思い出しました。世間でいう、弱者的な方たちが本当はピュアで何か違った意味の強さをもっていることに気づかされたあの日。突き進むことで忘れかけていたことを思い出しました。ありがとうございます。スタッフOより
    http://ameblo.jp/yutanpo-mama/

  2. 感性の価値を説き続けるコーディネーター【WAKTAL】 より:

    2 ■無題
    病院こそこういう感性の可能性を秘めた場所ですよね。感性的尊厳死が実現したらいいのにな~
    ゆたんぽさんのところは
    すばらしいステージをお持ちですね~
    うらやましいです♪
    http://ameblo.jp/waktal-jp-com/

  3. kimochi より:

    3 ■なんとなく判るような・・・
    以前、経営者の妻として寝る間も惜しんで必死に仕事を頑張ってきました。
    社長(つまり元主人)の両親は、その事業において、必要とされる時代の真っ只中にいた経営者だったので、利益が数千万円ある期には、機材の投資、翌期には自分たちの役員報酬をあげ、必要でない面積の自宅を(建坪100余り)建て、辺鄙な田圃をまるで寄付のように購入し、さらに自宅を増築2回、海外旅行三昧、服は三越のブランド(たぶん10万円相当)、ブランドのバック、宝石等を年に何回も購入する。
    といった生活をしておりました。
    社長も同じように飲み会の連続、私の生まれ育った環境とは余りにも違いすぎ、また両親や社長の贅沢とは裏腹に、息子(社長)の妻である私に対しては、食費に困窮するほどの生活を強いていました。(実家の援助があって食費に当てていた状態でした。)
    そんな家庭になぜずっと我慢していたかというと、私の実家が、社長の両親の贅沢三昧を知っているので、私が実権を掌握したときには、必ず幸せになるのであろうと・・・
    離婚を許してくれなかったわけです。
    現在、私の精神状態が不安定になり、実家の許可も得て、嫁ぎ先から何にももらわない状態でも出て来れたわけです。

    何が幸せか・・・
    結婚生活ほんの3.4年で夫婦の破綻。
    下の子供が小学生に上がる頃から私は仕事に没頭。社長の馬鹿さ加減に呆れながら、私が頑張れば・・・
    張り詰めた糸がプッツン。

    あのまま家に居たならば、歳をとってからお金に不自由がなかったのか。

    人にはそれぞれ価値観の違いがあります。
    社長の両親、そして私の両親。
    金が全てではない。
    思いやり、労わり、地域との繋がり。
    偏った、絡んだ糸のようなこだわりを 少しずつ解き、新しい感性を受け入れる心の持てる人間になるためのツールをいくつその人が持っているのか。

    だらだら書いてすみません。
    病気の完治はまだまだと診断されております。
    これからの立ち直りに目指し、あなたの友人の病んだ部分が判るだけに、コメントを入れさせていただきました。

  4. 感性の価値を説き続けるコーディネーター【WAKTAL】 より:

    4 ■ありがとうございます!
    kimochiさん、魂のコメントありがとうございます。

    私の友人はたしかにすこし病んでいます。
    その気持ちがおわかりとのことですね。

    kimochiさんも辛い時期を過ごしてこられたのですね。。。
    さぞ苦しんだことと思います。

    きっと、この問題で病んでいる方は多いと思います。
    経営者で宗教や占いなどに走る方もおおいですよね・・・。

    kimochiさんの身体がはやくよくなりますように。。。
    http://ameblo.jp/waktal-jp-com/


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